きみはわたしの地獄
「しろちゃん、おかえりー」
「……」
わたしのものなのか自前なのか、見慣れたエプロンを身につけて長く伸ばした髪をひとつに結った姿でそいつはいた。
「今日は白菜とバラ肉のミルフィーユ鍋にしたけどいいよね」
家に入る前に覚悟はしていたけど、やっぱりいた。なんとなくいるような気がしていた。
鍵は先日業者に取り換えてもらった。コウにも誰にも合い鍵を渡していない。それなのに、どうして。
「鍵ならまあ、ふつうに、コウの合い鍵がなくたって開けられるし」
おどろくことが多すぎて、もうどうでもよくなった。
「その白菜、お母さんからもらったの?」
そう聞くとちょっと目を開いた。
「え、うそ。今回バレた?」
「…っな、何回もわたしのふりして実家行ってたってこと!?」
「そんな怒った顔しないでよ。しろちゃんが人気者すぎていそがしそうだったから代わりに行ってあげてただけじゃん」
「そんなこと頼んでない!気持ち悪い!あんた、気持ち悪いよ!」
睨んでるのに、掴みかかってるのに、なんで笑ってんの。
「しろちゃんらしくない言葉」
「言わせてるのは誰よ」
わたしだって、人にこんな言葉、使いたくない。
汚い言葉はむかしから苦手だった。人の道を外れた行動をする人も苦手。つまり、こいつのことだ。
「…ごめん。こんなつもりじゃなかったんだ」
じゃあどういうつもりなの。
小さくつぶやかれた言葉さえ、どこにも届いてこない。
あるのは怒りと、恐怖と、嫌悪と……知りたいという、欲求だけだった。
「わたしになりすまして何する気なの…」
わたしに成りたい。そうやって、容姿を似せるだけじゃ、こいつの行動は収まっていない。