きみはわたしの地獄
────「ぼく、いつかしろちゃんみたいに、幸せな子になりたいな」
あのころ、彼に何度もそう言われた。
幼いわたしはその真意もわからずに、褒めてくれた彼の頭を撫でて、得意げに笑っていた気がする。
わたしになりたいと言っていた、同じ名前の男の子。
気持ち悪い得体の知れないわたしと同じかたちをした人間が、色づいていく。
家に帰ったけど、彼はいなかった。
探しに行こうとしたらコウから「目撃情報!」と電話がきて、居場所はだいたいわかった。
外は雨が降り出していて、煩わしいような気持ちになった。
その駅はまだ夜でもないのに騒がしい品のない繁華街を通り過ぎると、高級住宅街が立ち並んでいる。その奥にとある有名なクリニックが存在していることは知っていた。
繁華街での目撃情報を聞いて勘だけを頼りにその場所までたどり着いた。「花京院整形外科クリニック」という看板をしばらく眺めていると自動ドアが開いた。タイミングが良い。
見ると向こうはおどろいたような表情でこっちを見ていて、逆の立場になったことに若干の優越を覚えた。
「昴くん、傘持ってる?」
「……持ってない」
「だろうね。今朝わたしも持ってかなかったからそうだろうと思った」
同じ服装。同じ髪型。同じ靴。だけど、だけどわたしたちは、ちがう人間。
傘を傾ける。昴くんだとわかったら、もう恐怖はなかった。
「今日はそっちの家に連れてってよ」
「…いいの?」
「いいもなにも、そっちだってわたしの家に来たでしょ。勝手に上がり込むし」
「……わかった」
傘をわたしから取り彼は歩き出す。
拙いビニール傘。すれ違う人たちは「双子かな?」「そっくりだね」とわたしたちに視線を向ける。
「そういえば、小学生のころ、傘に入れてもらったことあるよね」
何も話すことがなく、仕方なく、思い出したばかりの出来事を口にした。
わたしが傘をわすれて、昴くんと並んで帰った日。穴ぼこが三つも空いた紺色の傘でわたしの家まで送ってくれた。
「思い出したんだ」
「思い出したのかな。わすれてたわけじゃない気がする。思い出す理由も、きっかけも、必要もなかっただけ」
「…そっか」
けっきょくそれっきり会話は続かず、ひたすら雨音を聴きながら歩いたり電車に乗ったりした。