きみはわたしの地獄


くちびるを近づけたのは、わたしだった。

だけど寸前で身体が動かなくなる。
悪いこと、のような気がしたからだ。

道を外れたことなんてない。

誰かに褒められないと、自分の価値がわからなかったから。自分の価値がわかるような日々でないと嫌だった。


どうしてそんなふうにしかいられなかったのかな。

まだ浮かんでくる情けない涙を昴くんが拭う。


彼はその透明が親指の皮膚に吸い込まれていくのを見て、満足げに微笑した。



「ねえ。しろちゃんの顔してるけど、これでも男だよ?好きな子が無防備に部屋に来たら─── 壊したくなるよね」


無防備なわけじゃないと反論しようと口を開けば、言葉ごと飲み込むようにくちびるが塞がれた。

わたしができなかったことを、この人は平気でやってのける。


すぐに口内へ熱が侵入する。角度が変わる時も触れ合ったままのねっとりとしたそれに応える理由はなく逃げまわる。それでも捕まえてきて、くちづけは、息つぎもろくにさせてもらえないくるしいものだった。

やっと離れた一瞬の隙にその身体をぐっと押し返す。


すると月明かりに照らされて見えたものは、化粧をするときやお風呂のとき、顔を洗うとき…さまざまな場面で鏡に映る自分の顔と、確かに同じもので。

この人は男で。

わたしの許可もなくキスするやつで。
これから力任せに抱こうとしている。

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