きみはわたしの地獄


身体が硬直するのがわかった。

ぞくりと背筋が冷たくなる。——— わたしは、コウのバイトが終わる時間、まだあの会社にいた。



「あ、の…どこに行くか、とか、言ってましたか…?」

「え、澄春ちゃん記憶喪失?みなとみらいの夜景見に行こって話してるの聞いたけど一緒にいないの?」


途中だったけど電話を切った。みなとみらい、なんて、よりによってそんなところ。わたしは夜景なんて興味ないし、ここから40分かかる。乗り換えもある。
財布と携帯だけを持って家を飛び出した。


コウはわたしと同じ顔をした人がこの世に存在するかもしれない、なんてバカげた話を知っている。「会ったらどうしよ」なんてのん気に笑ってたっけ。



なんでそいつはわたしがコウと付き合っていることを知ってるの。

なんでコウのバイト先を知ってるの。


コウのバイト先の人たちもわたしじゃないと気づかない。コウも付いていった。それくらい似ている…いや、同じ容姿をしているんだ。


こわい。だけど、はじめてだった。

はじめて、もしかしたら、わたしも目の当たりにするかもしれない。


もし…もし会ったら今の得体のしれない恐怖と、これまでの恐怖と、今日飲んだ涙を、ぜんぶそいつにぶつけてやる。

ドッペルゲンガーと顔を合わせたら、なんてうわさが本当だとしても、もうどうだっていい。


なんで。どうして。まとまらない思考と、ゆるやかに進む電車が、ただもどかしかった。


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