きみはわたしの地獄


幼いころに習っていたバレエの発表会。風邪をこじらせて肺炎で入院した時。ずっと買っていた漫画の最終巻の発売。初めての彼氏としたキス。苦手なホラー映画。好きだった芸能人の結婚の話。おいしいと評判だったお店のハンバーグがとてもまずかったこと。テストで現代文が百点、数学が零点だった時。そのどの時よりも心臓が激しく動いている。


緊張と、同じだけの不安と恐怖。押しつぶされそうな気持ちを、震えて転びそうな足を、どうにか元のままのかたちに堪えて駅を降りた。


人混みは苦手。静かなところが好き。高いところは苦手。海は好き。

そうやってわたしの思考をたどっていけば、居場所はすぐにわかった。



鶴見つばさ橋を歩く男女ふたりの姿を見て息をのむ。


遠くから、後ろ姿だけ。……それだけじゃ確信は持てない、だけど…よく似ていることはすぐにわかった。

わたしが気に入っている黒の生地に青い花が散りばめられたクリンクルワンピースは古着やさんに一枚だけ売られているのを見かけて買ったもの。それなのに、どうして…同じものを着ているんだろう。


ヒールのショートブーツも同じ。髪の長さも、おそらく色も。お母さんによく注意される足を引きずる歩きかたも一緒。


隣のコウの腕に自分の腕を絡めて引っ張って歩く姿は自分を客観視しているようで、思わず口もとを抑える。胃のなかは朝食から何も食べていないのに、吐きそうだ。


このまま帰りたい。こわい。

得体のしれない何かが自分の恋人と一緒にいるなんて状況に陥ったひとが他にいたら、どう乗り切れば良いのか、どうすることが正解なのか教えてほしい。身体中が震えていてくるしい。

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