隣の部屋の新人くん
重い音と共に、厳重なドアが閉まった。

「ねえ、なんで言ってくれなかったの」

つい、すぐ口から出てきてしまった。
ずっと思ってたこと。

坂口くんは軽くため息をついて私を見る。

「俺、面接の時点で海外勤務希望って言ってましたよ」
「知らないよ」

つい口調が怒りっぽくなる。

面接なんて私はしない。
海外希望なんて今まで聞いたことない。

「だって言ったら、何も始まらなかったじゃないですか」

その一言に、私は深くため息をついて視線を落とす。

「夜、ちゃんと話そ」

そう言って台車を押した。

坂口くんは少し立ちすくんでいたけど、私が棚の陰に入った後、遅れてガサゴソとダンボールとファイルの擦れる音がした。

ダンボールの中身を全部移したのか、坂口くんの足音が出口に向かう。

ピッとカードキーの音だけが書庫に小さく響くと、坂口くんはさっさと出て行った。

残された私。

その場にしゃがみ込んでしまった。

言ってくれてたら、何も始まらなかったのに。

あの酔っ払って転んだ夜も、ブランコの夜も、慰めてもらった夜も、観覧車の夜も、残業の夜も、キスした夜も、たくさんの海外ドラマを見て過ごした夜も、私の心は動かないで済んだかもしれないのに。

ダンボールはまだ三箱も台車の上に残っていた。

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