想妖匣-ソウヨウハコ-

「開けてやるよ」

 小屋内で明人は秋達が出て行ってから数秒後、貼り付けていた笑顔を消し、大きなため息を吐いた。すると、奥の方にあるドアが突然開き、そこからは小学校低学年くらいの少年が無表情のまま歩いてきた。
 足音が聞こえず、気配もない。儚い雰囲気を纏い、触れてしまえば消えてしまいそうに感じる。そんな少年がソファーに座り直した明人に近付いて行った。

「良かったのかい、帰らせてしまって」

 質問を口にした少年の声は鈴の音のように儚く、耳に自然と入ってくるような。透き通った響きのある綺麗な声だった。

 少年の名はカクリ。明人と共に小屋に住んでいる同居人。

 カクリは長いワイシャツに黒いベスト。首には黒いネクタイが緩めに巻かれていた。ベストと同じく黒いスキニーズボンに、脛あたりまで長いブーツを履いている。
 白銀のサラサラとした髪が切れ長の黒い瞳とマッチしているように見え、どこからか迷い込んでしまった異人なのではないかと思うほど現代感がない姿だった。

 カクリに声をかけられた明人は、横に寝っ転がりながらめんどくさそうに文句を口にした。

「うるせぇよ、仕方がないだろ。また勘違いされたんだから。噂流すなら正確に流せってんだ、ふざけんなよマジで」

 先程秋達と話していた態度と全く違う声質に口調。別人かと思わせるほどの豹変を見せた明人だが、カクリは慣れているため驚きはしない。ただ、呆れ気味に息を吐くだけ。

「はぁ。なぜ依頼人の前以外ではそのような態度なのだ……」
「逆に俺があの態度でお前と話してたらどうなんだよ」
「私が楽になるからいいのだけれど」

 明人の豹変した態度に淡々と返すカクリ。綺麗な見た目からは考えられない毒舌を吐き捨てる。だが、明人はカクリの言葉を聞き流し、適当に返す。

「それに、私が帰らせて良かったのかを聞いたのは──」
「神楽坂秋だろ」

 カクリの言葉を遮り、今まで適当に返していた明人が依頼人の一人である神楽坂秋の名を口にした。声に芯があり、口調もしっかりとしていた。

「ここに立ち入れるのは開けられない匣を持ってる奴だけ。辿り着いたという事は持ってんだよ。だが、まだそれに気付いてねぇ」

 ソファーに寝っ転がりながらぼやく。

「まぁ、本当に必要になったらまた来んだろ。その時になったら、開けてやるよ」

 口角を上げ、明人は今の状況を楽しみながら口を開けた。

「心にある、闇に染った匣をな」

 口角を上げ、楽しみだなぁと呟き。明人はそのまま黒い瞳を閉じた。そんな彼をカクリは横で見ており、小さく息を吐きながら木製の椅子に座った。
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