想妖匣-ソウヨウハコ-
学校の教室内。今は昼休みのため生徒の話し声や笑い声で埋め尽くされ和気藹々としていた。
そんな教室内で、向かい合いながら椅子に座っている二人の女子生徒。
二人は声を潜めながら、学校内で流れているある噂について話していた。
一人は神楽坂秋。
林崎高校に通う二年生で、バスケ部に入部している。
肩まで長い黒髪を後ろで一本に結び、ブラウスの上にベージュ色のカーディガンを着ていた。
もう一人は夏美麗。
同じく林崎高校に通う二年生で、部活は秋と同じくバスケ部。
腰まで長い茶髪を巻き、ブラウスの上にピンクのパーカーを着ていた。
普段から肌の質や髪の手入れなどを気にしているため、周りの人が綺麗と口を揃えて言うほど見た目は良い。スタイルも、ネットや雑誌などを見て勉強しておりモデル体型を維持している。
「ねぇ秋。林の奥にある小屋の噂って知ってるかな」
「噂?」
片手に持っているいちご牛乳と書かれている紙パックで秋を指しながら麗は問いかける。その問いに、秋はなんだっけと空を見上げた。
麗はそんな彼女など気にせず、紙パックに刺されているストローを咥え楽しげに噂の話しを続ける。
「今ちょー有名な噂だよ!! どんなに固く閉じられた箱でも開けてくれるってやつ。知ってるでしょ?」
「あぁ、まぁ。確かに、聞いた事あるよ」
麗は紙パックを机に置き、両手で箱の形を作り、目を輝かせながら身振り手振りを使って一生懸命に説明した。
「どんなに固くって……普通に考えて鍵をこじ開けるとかじゃないの? 鍵が閉まってるから開かないとか」
「普通に考えたらそうなんだけどね。なんか、色々な噂が流れてて。その中の一つで、一人一回しか開けてくれないって噂があるんだよ。本当かどうかは分からないけど」
「都市伝説だね…………」
秋は肩をすくめながら疑いの目で麗を見つめていたのだが、その様子を彼女は全く気にせず頬を染め、興奮気味に噂の話を続ける。
「噂なんて大体そんなもんでしょ? それに、実はその箱を開けてくれる人は、ものすっごく美男子って噂もあるのよ!」
「あ、そういう事ね」
麗は噂の話をしていた時の表情より、遥《はる》かに目を輝かせ、身を乗り出しながら言う。
その様子に身を引きつつ、「やっぱりか」と。秋は溜息をつき、麗の視線から逃げるように横を向く。
逃げた視線の先には、一人の男子生徒が立っていた。そわそわと落ち着きがなく、頬を高揚させながら麗を見ている。その様子だけでいつも麗と共に行動をしていた秋は、男子生徒の次の動きを予測する事が出来た。
目を細め、今だに噂の話を輝いた瞳で話している麗に振り向く。やれやれと肩を落とし、麗のいちご牛乳を奪い、黙って飲んだ。その時、隣から緊張が混ざっている声が聞こえ、二人は振り向く。
「な、夏美さん、ちょっといいかな……」
「ん? 何」
「ちょっと、大事な話があるんだけど……」
「…………わかった。秋、放課後続きを話そう」
緊張が混ざっている言葉に、麗は少し困った様に答え、二人は教室を出て行った。そんな二人を秋は、無表情で手を振り見送る。
二人の姿が完全に消えた後、いきなり彼女は顔を俯かせぼそっと呟いた。
────人気者でいいね、麗は……。