想妖匣-ソウヨウハコ-
 秋は林から真っ直ぐ学校の体育館へと走った。
 所々、葉が足や腕などに当たり切れてしまっているが、一切気にせず真っ直ぐ前だけを見て走り続けている。数回転びそうになり足を止めてしまっていたが、それでもすぐに走り出し目的の場所を目指した。すると、前方に見覚えのある体育館が見えてきた。
 全速力で走っていた秋は、ゆっくりと走っている勢いを緩め始める。肩で息をし呼吸を整えようとするが、思っていた以上に体力の限界が近かったらしく膝に手を付けた。

 額から大粒の汗が流れ落ち、地面の色を変える。短い呼吸を繰り返し、秋は何とか普通に立てるくらいには復活した。
 まだ息は荒いものの、体育館を見上げる瞳には力が込められており揺るがない。

 体育館のドアまで歩き、震える右手でドアノブを握る。
 すぐに開ける事が出来ず、秋はまじまじと自身が掴んでいるドアノブを見ていた。目を閉じ、噂の小屋であった出来事を思い出す。
 不思議な二人。紳士的な態度をとってくれた明人と、口は悪いが優しく秋を導いてくれたカクリ。そんな二人が”もう大丈夫”と、秋を送り出した。

 まだ出会ってから数時間しか経ってないが、秋は小屋の二人に絶対的な期待と信頼を寄せていた。そのため、二人の言葉を頭の中に巡らせた秋から不安は消え、口元には薄く笑みまで浮かぶ。

「はぁ。よしっ!!」

 零れた笑みを気合を入れると共に消し、ドアノブを握る手に力を込める。
 勢いよくドアを開き、秋は一歩。体育館に足を踏み出した。

 中では部員達が円になり話し合っている姿が映し出される。
 体育館の壁にある時計を確認すると、秋が逃げ出してからまだ二十分程度しか経過していないのがわかった。

「えっ。もっと時間経ってるのかと思ってた……」

 時計を見て驚きの声を上げる。だが、すぐに気を引き締め、緊張でいつもより心拍数が高い胸に手を置いた。

「心につっかえがない。今だったら麗とちゃんと話が出来るかもしれない」

 秋はドアを閉め、話し合っている部員達を見る。小屋へ行く前だったら怖くて近付く事すら出来なかったが、今では足軽に歩き、迷いなく近付いて行く。その目にはもう迷いはなく、心配も不安もない。

 途中で足音に気づき、部員達が一斉に秋の方を振り返った。その人達の目はどれも蔑んだような瞳になっており、一度足を止めてしまう。一瞬戸惑い、眉を下げ目を閉じる。瞼の裏に映る小屋での出来事。

「負けちゃ、だめだ」

 気合を入れ直し、閉じた瞳を開く。キラキラと輝き、真っすぐと部員達を見つめる。歩みを再開し、今まで一緒にいた例の手前で止まった。
< 30 / 66 >

この作品をシェア

pagetop