俺が優しいと思うなよ?
「三波聖さん。建築デザイナーとして、ぜひ我社に入社してもらえないだろうか」
「…っ」
建築デザイナー。
かつてそう呼ばれていたのはもう三年前のことで、当時さえそれを知っていたのは社内の人間だけだったのに。
響さんの隣の獣も、私が建築デザイナーだったことを知った上で声をかけてきた。なぜこの人たちが知っているのか、戸惑いが隠せない私は響さんを見つめた。
響さんはいたずらっ子のような笑いを浮かべた。
「何故、君が建築デザイナーだと知っているか?って顔をしているね」
「え?」
私、そんなにわかりやすい顔をしているの?と、慌てて両手で頬を隠した。
響さんはゆったりと背中を椅子の背凭れに預けて足を組み直した。
「君のいたヴェール橘建築事務所って、必要以上に秘密主義の会社だよね。まあ、その分守秘義務がしっかりしているから信頼が厚いとも言われているけど…でも、君に関しては別だよ。ウチには三波さんの「オタク」がいるから」
そう言って、ニコニコな笑顔で獣の肩をポンポンと軽く叩いた。
──え?オタク?
ま、まさか建築士成海柊吾が?
私は視線だけチラリと彼へと向けると、彼は口をへの字に曲げて明後日の方向へ目を向けていた。
例え、現実逃避している三十二歳の独身地味女のオタクをして何が楽しいのか。
さっぱり分からない。
名高い建築士成海柊吾であれば、その顔とルックスで数多の美女が集まってくるだろうに。それともいつも相手をしている女性たちと毛色の違う建築デザイナーと知って好奇心から近づいてきたのか。
ともあれ、オタクだろうがナルシストだろうが、どちらの成海柊吾もお断りだ。
無理、無理。