俺が優しいと思うなよ?

「……いえ」
私は荷物を床に置き、両手でネックレスの留め具を外す。慣れない手つきでやっと外れたそれを、そっと倉岸さんの手のひらを支えながら置いた。
「三波さん?」
少し驚く彼女に、
「お手数ですが、成海さんに渡してください。ごめんなさい」
「え?あ、ちょっと!」
引き止める倉岸さんの声に耳を貸すことなく、私は荷物を手に建物を出た。

ホテル前の大きなロータリーでタクシーを捕まえて乗り込む。タクシーが動き出し、ホテルの敷地を離れたところで、私は水を得た魚のように思いっきり「はぁっ」と空気を深く吸って吐いた。
タクシーの中から流れていく外の景色を見つめて、ようやく気持ちが落ち着いていく。

昨日からの非現実的な二日間を思い返す。
成海さんと上司と部下ではなく友達でもない、まるでそれ以上の扱いを受けた二日間。高価なドレスも靴もバッグも、成海さんから借りたトレーナーも、成海さんが作ってくれたご飯も。

『似合う』
そう言ってくれた、あのピンクパールのネックレスも。

そしてパーティー会場で私を連れ回す度に抱き寄せた、成海さんの大きな手も。

全部が全部、終わってしまえば長い夢だったと納得できる。

成海さんは詩織さんや楓のような人生に曇りなく華やかに生きている女性と恋愛する方が似合っているのだ。

心が荒れて体も穢れた私は、成海柊吾に恋する資格はない。倉岸さんはああ言っていたけど、それは勘違いだ。彼は私に優しくしてくれた、ただ、それだけなのだ。

私は恋はできない。

だから成海さんが私に優しくしてくれた代わりに、せめて仕事でお礼をしようと思う。

建築士成海柊吾をサポートできる仕事が出来るように。


──うん。頑張れる。

自分のやるべきことを決めたのに、窓の景色はずっとぼやけて見えるのは、なぜだろう。


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