俺が優しいと思うなよ?


遡ること少し前。
パーティーがお開きになる頃を見計らって、俺は会場を出て三波がいるであろうホールに向かった。酔い覚ましや談笑に花を咲かす人々を縫うように歩いてみるが、三波を見つけることが出来ない。

──今日は何も問題ないまま一日が終わるかと思っていたのに。

視線を遠くへ向けて彼女らしき姿を探す。


「柊吾、ここの最上階のラウンジで飲み直さない?」
声をかけてきたのは詩織だった。黒いワンピースを着た彼女は小さなハンドバッグを手に俺に軽く垂れかかる。
「リフォームのこともだけど、他にも話したいことがあるの」
と、上目遣いに俺を見つめてくる。
そんな彼女の肩を軽く押す。
「悪いが三波を連れていかないといけない。アイツを見なかったか」
と、俺は再び周りへ目を向けた。

「あの人なら、帰ったわよ」

「……は?帰った?」
思いもしない答えを、詩織は不機嫌な顔を全開にして俺を睨んでくる。今まで詩織の不機嫌な顔など何千回と見ているおかげで、特に動揺などしない。

──三波はこのホールで待っていると言ったのに、何故。

「……てか、三波に会ったのか?」
「会ったわ。「柊吾を口説くから帰って」って言ったの。駄々をこねるかと思ったけど、意外とあっさり帰ったわよ」
何の悪気もなく話す詩織に、「勝手なことをしやがって」と内心苛立つ。
しかし三波も三波だ。こいつに少し強く言われたからといって「はい、そうですか」と引き下がるとは。まるで俺より詩織を優先するような行動にも小さな怒りが沸いてくる。

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