俺が優しいと思うなよ?

チラッと腕時計を見る。早く動かないと三波を見失ってしまう。しかし、詩織をこのまま放っておくと、また大声で駄々を捏ねて周りの迷惑になりかねない。

──仕方ない。

俺は涙目で不貞腐れる詩織に言った。
「詩織、俺たちが別れてから何年経つ?」
この質問に彼女が俺を見上げてポツリと答えた。
「……十年くらい」
「そうだ。俺たちは十年近く会ってなかった。詩織は十年ぶりに会った俺を見て、どう思った?」
「え?」
彼女はキョトンとした顔で見つめた。
俺はそんな彼女から一歩下がる。
「工藤の店で久しぶりに会った詩織は、一緒に笑い飛ばしたあの頃の面影が消えてしまったくらい綺麗になって、別人に見えた」
「……柊吾?」
「お前はもう、俺の知ってる詩織じゃない」
「そんなっ……」
詩織はまたもや俺に食い下がろうと近づこうとする。俺はそれを掌を向けて制した。

「そして俺も、あの頃の詩織が知ってる俺じゃない。諦めてくれ」

背を向けて歩き始める俺に、詩織の「待って」と言う声が聞こえたが、構わずホールの人混みの中へ入った。


そして今、三波を探してホテルのロビーまで来た俺は背後をぽんぽんと叩かれた倉岸に会った。
俺はこのピンクパールのネックレスを見つめた。これを身につけて恥ずかしそうに俯く三波の顔を思い出す。
「倉岸、三波は何か言っていたか?」
「いえ、特には何も……でも」
と、付け足す彼女へ視線を移す。彼女の視線は俺の掌のネックレスへ向いている。
「そのネックレスの話の時に、三波さんは落ち着かない様子で慌てて首から外したんです。「私はお荷物にしかなっていない」みたいなことを言ってました」
「お荷物……?」
何の事だか分からない俺は、三波が何故そう思ったのかも不思議だった。俺の部屋に一晩泊まったアイツからはそう思わせる気配は無いように思ったからだ。
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