俺が優しいと思うなよ?



三波のアパートへ向かうタクシーの中で、俺はゆっくりと息を吐いた。
倉岸に言われたことが、ずっと頭の中で引っかかっている。

──俺は、三波を手放せなくなっているのか?

額に手を当て、自問自答する。


瞼の裏に浮かぶ、三波聖の姿。
過去を振り返ってみれば、俺はあの時からずっと彼女を追いかけていたと思う。



大学生の時に同じゼミの仲間と一緒に学生建築デザインコンクールの応募作品を見に行った。そこで見たのが自分の持ち得ない感性で描かれた建築デザインと、制作者の三波聖のはにかんだ笑顔だった。作品に「優秀賞」のリボンが付いていることを、一緒に見に来たと思われる女たちに冷やかし半分に祝われていた。
まだ幼さが残る、おかっぱ頭の三波聖の微笑み。
展示された「優秀賞」の作品と一緒に、この時の彼女もスマホの中に密かに収めた。

この時自分がどんな気持ちだったのか、今となってはもう覚えていないが、ただ三波聖の持つ建築デザインの才能は単に楽観視すべきではないと、俺の勘が訴えていたかもしれない。

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