俺が優しいと思うなよ?
事務所に戻れば、野上係長の言うとおりドアの横に男性がいた。黒いコート姿の長身で見覚えのある横顔に、短いため息を吐いてしまった。
「…成海さん」
事務所前の廊下だ。呟く程度の小声のはずだったが、彼の耳には届いてしまったようだ。慌てて手で口を塞ぐ私の前に、気づいた成海柊吾がずんずんと長い足を広げて迫り、この前と同じようにガッシリと腕を掴まれてしまった。
「お前を待っていた。上司に会わせてくれ」
ギロっと睨まれ、私も反抗的になってしまう。
「な、なんですか。いきなり」
「お前を引き抜く話をする」
「はあっ?」
突拍子の無い言葉に、私の声も大きくなる。
「何を言ってるんですか。あなた方の会社に行くかどうかなんて、まだ考えていません。というか、それを決めるのは私ですよね?」
「お前のことだ、どうせあれこれと過去に拘って結局断るに決まっている。俺の中にそんな選択はない」
と、掴んでいる私の腕を引っ張り事務所の中へ連れ込んだ。
──この獣めっ。
私はその後ろ姿の成海さんを睨んだ。