俺が優しいと思うなよ?


そして、やるべき事をやり遂げたこの日。

目が覚めた時には、部屋はもう薄暗くなっていた。夢か現かわからないくらい寝ぼけている。

どうせなら、このまま朝まで寝てしまおうか。朝になればスマホのアラームが起こしてくれる。

そんなことを思いながら寝返りを打とうとした。
「ぐぐうううぅぅぅぅ…」
お腹の虫が、空腹を訴えた。
仕方なくベッドから這い出て玄関の荷物から洗濯するものを引っ張り出す。洗濯機が動くと同じくして、自分もシャワーで熱いお湯を被る。まだ思考の働いていない頭をシャンプーする。

楽なスウェットを着て買い置きしてあったカップ麺に沸かしたお湯を注ぐ。
豚骨味のカップ麺を啜りながら、また成海さんの月見うどんを思い出す。もう二度と食べることはないだろうが、彼が私に世話を焼いた、忘れたくない味だと思った。

空腹を満たし、お風呂場に洗濯物を干していると、玄関の呼び鈴が鳴った。
「はい」
と警戒することもなくドアを開ければ、一人の女性が立っていた。

見たことのある顔や服装なのに、長い髪は茶髪でなく黒く染めていた。
「……真木、さん?」
何故、彼女がこのアパートを知っているのか不思議に思いながら、スウェットを着たまま彼女を見つめた。
キヨスクで働いていた元同僚、真木青葉はいつものクールな感じはどこへやら、少し落ち着きなく目をキョロキョロさせながら言った。
「三波さん、ちょっと頼みがあって。今から、時間あるかな?」
少し様子の変な彼女に、私も少し訝しみながら「いいけど」と返事をする。

話を聞けば真木さんの知人から「ある企業の託児所で保育士の募集をしている」、と連絡があったそうだ。
そういえばこの前一緒に居酒屋で食事した時に、彼女は保育士として幼稚園で働いていたと聞いたことがあった。しかし幼稚園内で何かトラブルに巻き込まれ退職せざるを得なかった。
「できることなら、もう一度保育士として子供たちと向き合いたい」
という言葉も、彼女の本心なんだろうと思った。
そんな真木さんに舞い込んだ保育士の仕事というなら、彼女にとって嬉しい情報だろう。私も嬉しくなり頷いて聞いていた。

「それで、その企業と取引があるから紹介状を書いてくれるって約束をしたの。でも面接試験があった身元保証人が必要だから会っておきたいと言われたの。うちの実家は遠くてすぐに来られなくて……それで三波さん、迷惑かけないので一緒に来てもらえますか」

「……え」
頼みというのはそれだったのか、と玄関先で彼女を見つめた。

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