俺が優しいと思うなよ?


私は身元保証人になれるほど、真木青葉のことを知らない。だからといって困っている人を見捨てるほど薄情にもなれなかった。私が行くことで彼女の助けになるのなら、それでいいのかもしれない。

「いいよ。わかった」

私は真木さんと一緒に出かけることにした。

駅裏から少し離れた小さなレトロな喫茶店に入り、コーヒーを注文する。真木さんはさっきより落ち着いた感じで窓から外を見ている。私は脱いだ上着をくるくると簡単に畳む。相手はまだ来ていないらしい。
真木さんはスマホを触って時間を潰し、私はコーヒーを飲みながらチラチラと窓の外を眺めた。外はすっかり暗いがまだ人通りはあった。

お店のドアが開くと同時に、「カラン、コロン」とアンティークなベルが鳴る。気がついた真木さんが「あ、来た」と言う声に、私も顔をあげた。

「……!!」
目の前に現れた人物に驚愕して息が詰まりそうになる。
ダークグレーのスーツを着たその人が、その薄い唇を開いた。

「待たせて、悪いな」

忘れるはずもない、ヴェール橘の西脇は目を細めて微笑んだ。

──まさか、どうして。

私は生まれて初めて「目の前が真っ暗になる」という経験をした。

我に返ったのは、真木さんが西脇に何かを言っていた時だった。
「約束どおり、三波さんを連れてきたんだから紹介状ちょうだい」
と、彼女は当然のように西脇に向かって手のひらを差し出している。西脇は急かす相手に顔を顰めた。
「いきなり、えげつねぇな。ほら」
と、小言を言いながらジャケットの内ポケットから封筒を取りだした。
そんなやり取りをぼんやりと見ていたが、もしかしたら自分は二人の芝居に騙されたのでは、とハッとして真木さんに聞いた。
「ちよっ……ちょっと待って。真木さん、保育士募集の話って……」
混乱している私に、彼女は何でもないように口を開いた。
「ああ、それは本当のことよ。大企業の託児所の面接を受けるための紹介状が、コレね。やっぱりコネがあると心強いから」
と、貰ったばかりの封筒をヒラヒラさせた。
「ま、真木さん。西脇さんと……知り合いだったの?」
「この前ね。風鈴で飲んだことあったじゃない?あの後声かけられて「俺の彼女と飲んでたよね?」って聞かれたのよ。三波さんって、彼氏がいたなんて知らなかったわー。西脇さんから喧嘩して話も聞いてもらえないから、仲を取り持つようにして欲しいって言われたの。三波さんと会わせてくれたら、保育士募集している会社に紹介してくれるって言うから協力したのよ」
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