俺が優しいと思うなよ?
退職願へ伸ばした手が、力なく下へと落ちていく。
私を縛りつけ洗脳にも似た言葉を投げ続けられた日々が、頭の中で蘇ってくる。
『俺はお前のデザインが必要。お前には、俺のプレゼントークが必要』
『お前は俺がいなきゃ仕事なんかできないだろ?』
『俺に歯向かうのか?お互いがどんなに必要としているのか、わからせる必要がありそうだな』
私にはこの人がいないとダメなんだ、と思い込まされていた弱い自分の過去。
それらが脳内をグルグルと駆け巡る。
──もう、あんな言葉なんて聞きたくないのに。
視界がぐにゃりと歪む。
私の揺れる体をガシッと支えたのは横にいた獣だった。抱き寄せるように私の肩に背中から手を回す。
彼は眉間にシワを作った顔で私を見下ろして、花井部長へクイッと顔を上げた。
「花井さん。こちらでは彼女の入社手続きは既にできております。ですから退職手続きをお願い致します」
獣はそう言って私の肩を支えたまま、足元の覚束無い私を連れて事務所を出た。
獣には言いたいことが沢山ある。
先日会ったばかりの私のあれこれを勝手に決められたことが許せないし、どうしてここまでしつこいのか理解できないのだ。
「離して、近づかないで」
と言いたいのに、体がフラフラで声を出すことも辛い。
「乗って」
雨の中、傘もささずに近くのコインパーキングに停めた車に、獣は助手席に私を押し込んだ。