俺が優しいと思うなよ?

大きな腰窓から外へと視線を移す。夜になった街の小さな灯りが無数に見え、看板の華やかなネオンが輝いている。
そして、駅前の高層ビルも浮かび上がって大きく見えた。まるで自分に迫ってくるかのように。
カップを持つ手に力が入る。

「ヴェール橘の事務所は、確かあのビル群にあるな。あの一番大きなビルだったか」
獣がポツリと言ってコーヒーを啜る。
思い出したくないあの当時に背くように、私は俯いた。

私の頭に、そっと手が乗せられる。
「お前が建築デザインの仕事を頑なに拒むのは、ヴェール橘で何かあったからだと思っているが……それでも俺はお前と一緒に仕事がしたい」
彼のゆっくりと話す声が、どこか切なく聞こえた。

成海さんは私と仕事がしたいために、自分の社長を説得して私を待ち伏せして辞表まで持ってきた、用意周到な男だ。
今日日、経済的に不安定でリストラをする会社だってあるだろうに、迎え入れてくれる会社があることに私は幸せ者だと思わなくてはいけない。

しかし、またあの仕事に就いたことで三年前を思い出し、眠れない毎日が来るかもしれない。同業者のヴェール橘の誰かに会うことだってあるかもしれない。

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