俺が優しいと思うなよ?
「ホントにもう、場所を考えないで獲物に噛みつくなんて。悪い癖はなかなか治らないものだね」
と、後ろで声が聞こえたので、振り返って見上げた。
「こんばんは、三波 聖さん」
そう言ってニッコリ微笑む人物に、私は「あなたは」と思わず言ってしまった。
栗色のふわりと柔らかそうに揺れる髪、白い肌に黒いフレームの眼鏡が似合う、グレーのスーツ姿の男性。年齢は落ち着いた雰囲気から、三十二歳の私より少し上だろうか。
目の前で今にも食われるんじゃないかと、牙を光らせて私を睨む美しい獣とは正反対の麗しい紳士である。
彼とは昨日、キヨスクで声をかけられた顔見知りなのだ。
…今思えば、まるで身元確認のような質問だった。
しかしどんなに美男子でも、突然「三波聖さんですか」なんて聞かれたら誰だって気味が悪いだろう。いざとなれば上司に相談しようと思っていた。