俺が優しいと思うなよ?

「三年ほど前だと思うけど」
その声に頭を上げる。
デスクの向こうに立っていたのは、黒いリュックを肩にかけた桜井さんだった。
彼はチームの中で一番無口だという印象を持っている。私と視線が合うと彼の目はふいっと逸れていった。

「成海部長が大政建設の下請けとしてチャペルのプレゼンを受けたことがあった。参考になるかわからないけど、その時のスケッチパースや図面がまだ資料保管室にあると思う」


え。


言葉より先に腰が浮いた。
「行ってきます。桜井さん、ありがとうございます」

──なによ。チャペルをデザインしたことがあったなんて、言ってなかったじゃない。

本人に文句を言うのは後にして、私はエレベーターに乗り込んだ。

教会でなくチャペルではあるが、何かの参考になるなら是非見たいと思った。

初めて踏み込んだ資料保管室は、紙とインクの匂いのする少し埃っぽい部屋だった。薄暗い蛍光灯の下、何列も並ぶスチール棚に収まったファイルや箱のラベルを見ながらゆっくりと歩く。
三年前の年号を見て「ここかな」と、棚の上からファイルの文字を見ていく。
「あ、あった」
見つけたそれは、棚の一番下の一番隅に隠すように仕舞われていた。
他の現場資料のより全く厚みのない、赤いフォイルだ。背表紙には、
『タカナシチャペル プレゼン資料 ボツ』
と綴られていた。
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