俺が優しいと思うなよ?

私は成海さんを、建築界の中でも一生関わることのない遠い存在だと思っていた。日陰で言われるままに黙々と図面を書く私たちと違って、彼は建築士として一人、眩しい表舞台を歩いているのに。

やっと聞けた私の疑問に、成海さんはガツッと私の腕を掴んだ。
「来い」
そう言って、私を資料保管室から連れ出した。
そっと見上げた横顔は、なんだか怒っているように見えた。

事務所まで足早に戻ってきたかと思えば、成海さんは自分のデスクの椅子に私を座らせた。
「成海さん?」
戸惑う私に、彼はいつも持ち歩いているタブレットをデスクに置く。
タブレットから映し出された画像。
「あっ」
いち早く反応してしまい、全身がビクリッと震えた。
ゆっくりとスクロールされていく、一つ一つの「それ」。同時にドクドクと速くなる鼓動を隠すように、服の胸元をグッと握りしめた。

「これが何かと、言わなくてもわかるよな?」
「……っ」
成海さんが私の反応を観察していることがわかるのに、動揺して声が出ない。それを察したのか彼は私の耳元で口を開いた。

「そう。四年前、プレゼンで見事に勝ち取った市立図書館のスケッチパース、お前の描いたものだ」

見覚えのあるデザインが、私の目の前に次々と現れる。外観デザイン、間取り、内装デザイン。特に内装に関しては私が妄想に妄想を重ねた「青空の図書館」をイメージしたこだわりがあった。
ホールエリアに大きな一枚岩を使用した岩清水を作り、自然をイメージした人口池にメダカを遊ばせ、大小緑豊かな植物を育てる。吹き抜けの天井にはドーム型のガラスの屋根に自動開閉のルーフを作る。天気のいい日は内部は明るく緑がキレイに映える。
「明るく緑に囲まれた図書館」
それが図書館建設の条件の一つだった。
ヴェール橘で働いていた頃のものだが、あの時はこのスケッチや模型、図面が出来上がるまで上司や営業部に何を言われても決して妥協しなかった。そして、これが選ばれた時は全てが報われたと思い、泣けるほど嬉しくて自分で自分を褒めた。

この市立図書館のデザインは建築デザイナーとしての私の名前は残らなかったが、それでも私にとって魂を注ぎ込んだデザインの一つだ。
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