俺が優しいと思うなよ?


この日は成海さんの予定では午後から会議なので、午前中のみの現場確認となった。
都市開発の現場まで車で十分とかからない。私がいくら「近くにバス停があるのでバスで行きましょう」と促しても、彼はそれを無視して私を自分の車の助手席に乗せる。

「バスの中で仕事の話なんかできないだろ」

というのが成海さんの言い分だが、今まで車という密室でも道すがら仕事の話などしたことが一度もない。

ひたすら無言だ。

私はこの空気の息苦しさに耐えかねてバスを推しているというのに、どうやら彼はわかってくれないようだ。そして私がしつこいと、「俺が運転してるんだから文句を言うな」と唸ってくる。
耳をピンッと立てた獣のように。


成海さんと手掛ける土地開発の教会は少しずつ形を成してきている。まだまだ細かく決めていく項目はたくさんあるが、それが大変だと思っていても苦痛と思わなかった。とにかく、成海柊吾という男の建築に関する幅広い知識に驚かされるばかりだ。
ヴェール橘にいた頃に、成海さんについて小耳に挟んだことがある。

『成海柊吾に騙されるな。外面はちょっとした有名人でヘラヘラしているが、仕事に対しては社員を平気でクビに追いやるくらい無慈悲で冷酷で厳しい男だ』

確かに強引な男であるが、「百聞は一見にしかず」とはよく言ったものだ。
成海さんを見ている限り、彼はいい上司だと思う。私たち部下に厳しい口調や仕事に対しての細さを要求してきても、必ずフォローは忘れない。そして私たちの力量を引き出す言葉を投げかけてくれる。
だからチームのみんなは彼を頼り、どんどん成長していったんだと思った。
倉岸さんが以前彼を「私たちが安心して仕事ができる頼もしい上司」という言葉も納得できる。

社員を平気でクビに追いやっているのは誰なのか、当時のガセネタをばら撒く張本人に改めて問い詰めてみたいものだ。
ヴェール橘の情報網も大したことはないと呆れてしまう。

──厳しくても細かくても、ヴェール橘にもこんな上司がいたら、私もまだ……。


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