俺が優しいと思うなよ?

オフィスビルから逃げるように走り出て、すぐ側のバス停で時刻表を見ているときだった。

「よお、三波。久しぶりだな」

その声で、私の体は一瞬で凍りついた。

──どうして……なぜ。

もう二度と会うことはないと心に決めた相手に、決して視線を合わせないように俯く。三年経っても声だけでその人物がわかってしまうなんて滑稽だ。
相手の足音がコツッと近づく。
「なんだ、元気そうじゃねぇか。キヨスクで地味に働いてると思えば、風の噂でお前が響建築デザインに入ったって聞いてな。帰りついでに見に来たんだよ。お前のスマホ繋がらねぇし」
「…そ、そうですか」
「どうだ、響は?いい物件持ってんじゃねぇの?ああ、そうだ」

「ああ、そうだ」。
その場で思いついた用件を私へ投げてくる時に使う言葉、その男の癖だ。その声、その話し方も以前のままのその人へ、私はゆっくりと顔を上げた。
ヴェール橘にいた頃より少し目尻の皺が増え、薄い唇でへらりと笑う顔に心臓が縮むような痛さを感じる。

ヴェール橘建築事務所の元上司、西脇礼二。

一生許せない男。

西脇が一歩一歩とこちらに近づけば、私も一歩ずつ後ずさりする。彼は三年前のことは何もなかったかのように、飄々と話し始めた。
「都市開発の教会のプレゼン、響もエントリーしてるだろ?どうせあの、いけ好かねぇ成海が担当してるんだろうが……お前、成海に近づいて情報を探ってくれねぇか?」

予想通り、三年経ってもまだそんな悪どい事をやっているんだ、と嫌悪感が湧く。
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