俺が優しいと思うなよ?

「これはこれは、ヴェール橘の西脇さんじゃないですか。こんなところで会うなんて珍しいですね。うちの三波に何か用ですか?」

電話などで時々聞く、柔らかな口調の営業ボイスが背後から聞こえ、張り詰めていた気持ちがフッと軽くなり視界がじんわりと滲んだ。そして私の前に立つ西脇から「チッ」と小さな舌打ちが聞こえた。
「よく考えておけ」
と、私にだけ聞こえるくらいの小声で言い残すと、その薄い唇の口角を愛想良く上げた。

心が安堵しても、現れたのはさっきまで八つ当たりをしていた人物だ。合わす顔がなくて、私は俯くしかなかった。
「お世話になります、成海さん。三波は僕の元部下だったんでね、偶然見かけたので声をかけたんですよ。つい懐かしくてね」
西脇のトークと声も、もちろんビジネス用だ。
二人は私を間に挟むような格好で、向かい合っていた。
「三波はちゃんと仕事をやってますか?ぼんやりしているところがあるので、会社の足手まといになってませんか?」
「いえいえ、とても優秀で仕事熱心ですよ。とても三年のブランクがあったとは思えないです。スカウトして口説き落とした甲斐がありました」
やたら上機嫌な声で話す獣は、私の肩に手を置いてクイッと自分の方へと引き寄せた。
「っ!」
いきなりのことで少し驚いた私は足元がふらついて、彼のスーツに肩を預けてしまった。慌てて離れようとしたが、もう片方の肩に置かれた大きな手が私を抱き寄せるように力が入った。
西脇は「あはは」と何事もないように笑う。
「そういえば、都市開発のプレゼンでお互い忙しいですね。響さんはなかなか手強い、お手柔らかな頼みますよ」
成海さんからもクスリと小さく笑う声が聞こえた。
「ヴェール橘さん相手ですからね。こちらこそ手加減願いたいところです」
「ご謙遜を。では、また」
西脇の靴が一歩後ろに引いたところで、私は会話が終わったと思い顔をそっと上にあげた。
「……っ!!」
栗色の前髪の下から見えたギラっとした目と視線がぶつかる。ギクリと全身が震え上がった。

『俺から逃げられると思うなよ?』

そう言っているようだった。


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