俺が優しいと思うなよ?
「柊吾、お久しぶりね」
「チリン、チリン」と、鈴が鳴るような可愛い声に、成海さんの肩が少しだけ下がる。タブレットを手にした彼は背筋を伸ばした美しい立ち姿で、ゆっくりと振り返った。
「久しぶり、詩織」
詩織さん、という女性に成海さんが見せた瞳は、今まで私が見たことのなかった優しい目をしていた。
「こっちに帰ってきていたのか」
「ええ。ヨーロッパの公演が終わったから、ひと休みしようと思って。柊吾は?元気だった?えっと……」
彼女は成海さんを気にしながら、私をチラッと見る。
「彼女は会社の同僚だ」
成海さんは私を手短に紹介した。
少し困った顔をした詩織さんがパッとあかるくなる。
「そうなの、会社の人だったのね。柊吾、てっきりデートしてるかと思っちゃった」
「仕事中で、今は昼休みだ」
「お昼休みなら少し時間かるかしら?話したいことがいっぱいあるのよ」
成海さんの前で振る舞う詩織さんは、彼に恋心を寄せる女の子に見えた。親しそうに細い腕が彼の腕に絡んでいく。そして、その大きな瞳は私の方へ向けられた。
──あ、そういうことか。
「成海さん、先に戻ります。ご馳走様でした」
工藤さんが困り顔で「あっ」と声を上げ、成海さんも私を見たが、私は構わず店を出た。
なんだ、ちゃんとあんな優しい顔ができる相手がいるじゃないか。
そりゃそうだ。街を歩けば女たちが振り向く男に、女の影があるなんて決まってるじゃないか。