俺が優しいと思うなよ?
スンッ、と湿気を含んだ空気に、何気なく空を見上げた。今まで青かった空が、いつの間にか灰色に染まっている。厚い雲に覆われて雨が降るのも時間の問題だ。いや、もう降ってくるだろう。
「傘なんて持ってないよ……」
たどり着いた近くのバス停で、今朝スマホで見た天気予報が、今になって雨を訴えていることに少しだけ恨んだ。
それにしても、詩織さんは美人だった。小顔だったし体もスマートで、セレブ的な上品さがあった。
そして、私にはない彼女から感じた「自信」。
私の持っていないものを全て手に入れている女性。
──私もあれだけ美人だったら、自信の一つも持てたのだろうか。
お店で成海さんと詩織さんの向き合った姿を思い出す。
「あの二人、お似合いだったなぁ」
自分の意に反してポロリと落ちてしまった言葉。
「俺はそうは思わない」
「?!?!」
返ってきた言葉にビックリして顔を上げる。
グッと私の腕を痛いくらい掴む成海さんの顔は、目尻を吊り上げて怒っていた。
「な、成海さん。お話はもういいんですか」
「何が」
「何がって、詩織さんと……」
足早に歩き出す彼に、引っ張られながらも問いかけてみる。
「詩織さん、お話があったんじゃ」
と、言いかけたところで、成海さんが立ち止まり、ギロリと私を睨んできた。
「いいか、勘違い女。よく聞け、俺に今必要なのはアイツと話すことじゃなく、お前と仕事をすることだ」
どきんっ。
いや、今は勤務中であって仕事を優先させるのは当たり前のことだ。なのに不覚にもドキドキしてしまった。
私の腕を掴んで歩く、成海さんの斜め後ろ姿を見上げる。
ドキドキなんか望んでいないのに。