俺が優しいと思うなよ?

成海さんは更に私との顔の距離間を縮めてきた。スッと鼻先が触れて、彼の息が唇に当たる。心臓がドクドクと痛いくらいに暴れだす。私は気づかれたくなくて、そっと胸に手を置いた。

「だから、そんな辛気臭い顔をずっと見ながら仕事なんかしても面白くない。一応言っておくが、詩織とは幼なじみでガキの頃は付き合って結婚の約束をした……」

──なんだ。やっぱり彼女は婚約者だったんだ。

私の中の何かが、ストンと落ちていく。胸のドキドキも静かになって、話し続ける成海さんがどうでもいいとさえ思えた。最初で最後になるだろう、肩にある彼の手に触れた。
「大丈夫です。ちゃんとわかっていますから。一緒に仕事をする以上、お互いの空気を悪くするのも嫌ですものね」
握った成海さんの手はあたたかくて大きくて。彼も落ち着いたのか、すんなりと私の肩から離れていった。

頑張って、笑ってみる。

私、顔が引き攣ってるの、バレてないかな?

「……帰るぞ」
成海さんは体を運転席に埋める。その顔はまだ怒っているようだった。

でも、これでいいのだと思った。上司と部下、それでいいのだ。
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