俺が優しいと思うなよ?

「僕も成海部長の恋人説は否定、かな」

仁科係長はこれから外出するのか、ホワイトボードに自分と桜井さんの欄に行き先を書きながらやんわりとした声で言う。成海さんは今、社長室へ行っている。鬼の居ぬ間に何とか、というやつだ。
私は彼のそう断言する理由がわからない。
「仁科係長は何故そう思うのですか」
と聞けば、彼はイケメンの微笑みを向けた。

「それはね、成海部長には長年想いを寄せている人がいるからだよ。どんな美人から告白されても断ってきた堅物で、ようやくその想い人が目の前にいるのに、そのチャンスを彼が逃すとは思えないからね」

倉岸さんも昨日同じことを言っていた。その想い人が詩織さんなら辻褄が合う。社員の女の子が見かけた人が詩織さんで一致するならなんの問題もないだろう。

詩織さんは成海さんの婚約者なんだから。


「あの……私、成海さんの想い人でしたら昨日会いましたよ。昼食で立ち寄ったお店で偶然お会いしましたが、とても美人で成海さんとお似合いでした」

仁科係長に向けて言ったことだったが、仁科係長だけでなく桜井さんも町田さんも、そして少し離れた倉岸さんまで一斉に私へ顔を向けて目を丸くした。
集められた視線に落ち着かずオドオドと手にあったファイルを両手で胸に抱きしめる。

──な、なに?私、変なこと言ったかな?

居た堪れなくなり、自分の席に座りファイルをトントンと軽く揃える。
私の困り顔を察してくれたのか、仁科係長が「三波さん」と声をかけてくれた。
「ちょっと変なことを聞くけど、成海部長はその女性のことを「大切な人」とか特別視している感じはあったかな?」
と、彼の優しい空気に私の動揺が解かれていくことに感謝しながら昨日のことを思い出した。

「二人は昨日は本当に偶然出会った感じでした。「久しぶり」と言い合って、でも気心の知れた仲という雰囲気でした。成海さんからも「昔馴染みで結婚の約束をした」と言ってました」

「……」
チームのみんなは無言のまま、顔を見合せた。

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