俺が優しいと思うなよ?
「実は先日も彼にリフォームのことで話を聞いてもらったのですが……。私、ヨーロッパを中心にピアニストとして活動をしておりまして、今回はしばらくこちらで滞在することになりましたの。それでレッスンのためにマンションの防音設備の工事を考えています」
「そうでしたか」
彼女のハキハキとした話し方は、彼女の性格が現れているようだった。
「その防音工事を当社で考えている、ということでよろしいですか?」
「そうですね。彼とは古い付き合いですので、私のことはよく知っていますの。柊吾になら私がパリに戻ってもマンションの管理を任せられますし、その方がいいかな、と思いましたので」
「そうなんですね」
──なんだろう。変な圧を感じるんだけど。
目の前の詩織さんに何かされたわけでもないのに、何かに押された空気を感じながら私は微笑んだ。
彼女はバッグからスマホを取り出して操作を始めた。
「早めに工事に取り掛かって欲しいところなんですけど、私のスケジュールがなかなか時間が取れなくて。相手が柊吾だし、夜に食事でもしながら話してもいいんですけど……あ、プライベートのことですものね?」
とスマホで口元を隠しているが、明らかに私に視線を向けてクスリと笑っていた。
──まあ、婚約者ですからね。あなた達にしてみれば仕事でもプライベートでもどちらでも良いんでしょうけど。
私は手帳をパタリと静かに閉じた。
「では、二条様からリフォーム工事のスケジュール確認のために来社され、連絡するように成海に伝えます」
直接成海さんと連絡をとりあえばいいのに、と思いながらも穏やかな口調を心掛ける。
詩織さんはニッコリと笑った。
「ええ。いろいろ込み入った話もしたいので、柊吾に連絡を待っていると伝えてください」
そう言い残し、背筋を伸ばして帰って行った。