俺が優しいと思うなよ?


少し大きめな紙袋を手に、アパートに着いたのは夜の9時になるところだった。
アパートの前に見覚えのある車が止まっている。まさか、と思いながら近づくと運転席から降りてくる、見覚えのある人物。

「三波」

その低音ボイスと同時に、私も肩で息を吐いた。相手のイケメンフェイスも不機嫌そうだ。
「ちょっと話がある。お前の部屋か俺の車の中、どちらか選べ」

どちらも嫌だ、という選択肢はないようだ。


「インスタントですが、どうぞ」
成海さんがいるとやたら狭く感じる自分の部屋で、経済的にお得なインスタントコーヒーを淹れた。彼は「悪いな」と言い、文句もなく口をつける。
彼はこの古いアパートの部屋が珍しいのか、カップを手に視線があちこちと余裕なく動いている。そしてその目がある一点に止まった。
「三波、あの袋は?」
と、トートバッグと一緒に置かれた紙袋を見た。
まあ、紙袋といってもやはり目立つか。
持ち帰った紙袋には毛筆体で大きく、

『けせらせら』

と書いてあった。

「え……け、せら、せら?」
と、私は首を傾げる。
「ケ・セラ・セラ」とはスペイン語で「なるようになる」という意味くらい、成海さんは知っていると思っていた。
私としてはこの今の状況を、なるようになって早く終わらせて欲しいと願うのだが。

「いや、そうじゃない。あの袋の中身だ」

そう言われて、私も「ああ」と気の抜けた返事をしてしまった。
「帰る途中でキヨスクで働いていた同僚の真木さんに会ったんです。ちょうどバスでここへ来るところだったみたいで、私の使っていたロッカーの私物が残っていたので届けてくれようとしてくれたんです。紙袋の中身はその私物です。予備の着替えとか、化粧品とかです」
と、話した。
成海さんはじっと私の話を聞いている。
「私と真木さんはたいてい同じ持ち場の二交替のシフトを組まれていて、引き継ぎ以外話すこともなかったんです。なのに私の私物を届けてくれているなんて申し訳なくて、近くの「風鈴」って居酒屋で夕飯をご馳走したんです」
そう説明すると、彼も納得したのか「だからこの時間になったのか」と頷いた。
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