エリート御曹司の秘書兼、契約妻になりました
ラピスラズリ*勇気
私の辞書に【両想い】という言葉はない。
一応、特定の男性を好きになった経験はあるけれど、その想いはいつも胸に秘めたままで終わる。
他にも彼に好意を寄せる女性がいたらどうしよう。私なんかが告白するのはおこがましいんじゃ? そんなことを思っているうちに、どんどん臆病になってしまうのだ。
ただ、ほんの少しの甘酸っぱい気持ちを抱いて好きな人を見つめる。それだけで幸せになれる程度の恋が、私にはちょうどいい。
観月叶未、二十五歳。
私は今日も、その淡い片想いを心のよりどころにして、彼のために働く。
「ねえ、見た? 昨日のプリンス」
「見た見た、新しい腕時計してたよね。ベルトも文字盤もゴールドなんてつける人を選ぶけど、プリンスがつけてるとさりげなくて素敵だったよね」
「わかる~。ホント、なにもかもハイセンスだよね」
会社の更衣室に響き渡る、女性社員たちの声。おそらく、秘書課の先輩方だ。私は彼女たちからは死角となる場所で「違うんだけどな」と思いながら、靴を履き替えていた。
通勤時は足が痛くならないようスニーカーを履いているのだが、私の仕事は社長秘書。そのまま社長の隣に並ぶわけにはいかない。
なんたって、向こうはプリンスだもの。
でも、私の知るプリンスは、彼女たちが思うほど完璧な人物ではない。
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