エリート御曹司の秘書兼、契約妻になりました
それでもなかなか時間が過ぎるのは遅く、ようやく会議が始まってから一時間が経過した頃、私のデスクの電話が鳴った。応対すると、受付からだった。
『あの、お約束はしていないそうなのですが、狩野様という方がお見えで、観月さんにお会いしたいと』
狩野……紅蘭さんだ。名前を聞いただけで反射的にずきりと胸が痛んだ。
しかし、話を聞かずに追い返すわけにもいかない。私は受付まで彼女を迎えに行き、応接室に通した。
「急に来てごめんなさい。大和に今日が最終選考の日だって聞いてたから、いてもたってもいられなくて」
「そうでしたか。緊張しますね」
当たり障りのない返事をしながらも、心の中は穏やかではなかった。私の知らないところでふたりが連絡を取り合っている。そんな些細な事実ひとつで、つまらない嫉妬が湧く。
こんなことで、私は彼に別れを切り出せるの……?
「おいしいね、このお茶」
不意に、テーブルを挟んで向かい合う紅蘭さんが、感心したように言った。
ごく一般的な緑茶を急須で煎れただけなのだけれど、そういえばなぜかお客さんに褒められることが多い。