エリート御曹司の秘書兼、契約妻になりました
私が大和さんを諦めれば、紅蘭さんの恋は成就する。彼女がそばに居れば、大和さんはますます立派な社長になれる。周囲も、紅蘭さんが相手なら文句は言わないだろう。紫倉さんだって安心する。これが、最善の道なのだ。
私が離婚を切り出したら、大和さんは断れないはず。だって、最初からそういう契約だったんだもの。
婚姻後三カ月は試用期間で、その間に夫婦のどちらかが離婚を望んだ場合、その意思を尊重するって。
奥歯をぐっと噛みしめて、私は応接室の前を離れる。帰ったら、大和さんの目を盗んで離婚届を用意しよう。夢のような結婚生活は、それで終わり――。
大和さんは、私より十分ほど遅れて社長室に戻ってきた。その様子に変わったところはなく、紅蘭さんの告白にどう答えたのか、推し量ることはできなかった。
「叶未」
「はい」
平静を装ってデスクワークに勤しむ私に、大和さんが申し訳なさそうに言う。
「今夜、私用でちょっと遅くなるから、先に寝ていて」
「はい。わかりました」
……紅蘭さんと会うのかな。もしそうなら、都合がいい。
彼のいない間に離婚届を用意して、そのまま部屋を出て行くことができる。
自分が正しいと思う道に順調に進んでいるはずなのに、彼と紅蘭さんが楽しそうに食事をするシーンを何度も脳裏に思い浮かべてはひとりで傷き、優柔不断な自分に嫌気がさすのだった。