エリート御曹司の秘書兼、契約妻になりました

 給湯室にはドアがないけれど、入り口には目隠しのストリングカーテンが掛かっている。なので、誰もいないと思い込んで足を踏み入れようとしたその時だ。

「ねえ、知ってる? プリンスの元カノの話」
「えっ? 知らな~い! 誰? どんな人?」

 朝、更衣室で聞いたのと同じ先輩たちふたりの声がした。

 咄嗟に廊下の壁に張り付いて気配を殺したけれど、先輩たちの話が気になって、心臓がうるさいくらいに私の胸を叩く。

「社長や紫倉さんと同じ美大出身の、ジュエリーデザイナーらしいよ。すっごい美人で才能のある人だって」

 ……わかりきっていたことだ。あんなにカッコいい社長だもの。過去の恋人のひとりやふたりいるはずだし、社長の選んだ女性なら素敵に決まっている。

 ズキズキ痛む胸をごまかすように、そんな強がりを胸の内で呟く。

「そんな情報、いつ誰に聞いたの?」
「紫倉さんよ。お昼、たまたま紫倉さんと秘書課でふたりきりになったから、チャンスだと思って。彼、社長と親しいじゃない? だからなんとか社長の好みのタイプを教えてくれないかって頼んだら、面倒くさそうに元カノの情報を教えてくれたの。『大和が彼女以上に興味を持つ女性はこれからも現れないと思いますよ』って、ご親切な忠告付きで」

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