エリート御曹司の秘書兼、契約妻になりました
紫倉さんの話なら、疑いの余地もない。社長は今もその人を想っているのだろうか。
彼とどうこうなろうとする勇気もない私には、嫉妬する権利もないけれど……。
「じゃあ、なんで別れたんだろう」
「そこまでは聞けなかった。でも、プリンスの一途な想いを知ってますます株が上がったわ」
「確かに~」
私は盛り上がる給湯室からそっと離れ、廊下を引き返す。すっかりコーヒーを飲む気分ではなくなってしまったので、社長室に戻り、雑念を排除するように事務仕事に専念した。
「ただいま」
社長が戻ってきた時、久しぶりに腕時計で時間を確認したらすでに定時の五時目前だったので驚いた。
顔を上げて社長を見ると、どこか疲れた表情でデスクに歩み寄り、椅子にどかりと腰掛ける。
もしかして、会議がうまくいかなかった?
だとしたらどう声を掛けようかと、悩みながら彼を見つめる。すると私の視線に気づいた彼がパッとこちらを向き、ふっと表情を緩めて口を開いた。
「観月。やったよ」
「やった、と言いますと……?」
「合成ダイヤモンドのラボ、賛成多数で設立が決まった」
私は目を丸くした後、じわじわ湧いてきたうれしさで口もとを綻ばせた。
社長の疲れた顔は、会議を成功させて気持ちが緩んだからだったんだ。