エリート御曹司の秘書兼、契約妻になりました

 紫倉さんが社長を大和と呼ぶように、社長も彼を下の名前で呼んでは軽口を叩く。

 その様子をいつもなら微笑ましいと思えるのに、今日はダメ。社長はこれ以上私と話したくないのだと、被害妄想じみた思考で頭がいっぱいになる。

「では、お先に失礼します」
「お疲れさま。明日もよろしく」

 それでもなんとか平静を装って挨拶すると、社長はいつものように優しくそう言ってくれた。

 更衣室に移動し、パンプスからスニーカーに履き替えようとして、ふと朝の先輩方のセリフを思い出す。

『足の痛みに耐えてパンプスを履いてこそ、立派な秘書なのに』

 私自身は正直、秘書という仕事にそんな根性論は必要ないと思うのだけれど……この考えは少数派なのだろうか。

 社長秘書は対外的にどう思われるのかも重要だし、先輩たちの言うように、我慢してパンプスを履くべき?

 しばらく悩んだのち、私は一度出したスニーカーをロッカーにしまった。

 一日働いてむくんだ足が異議を唱えているような気がしたけれど、自分を騙すようにしてそのまま会社を出た。

< 19 / 151 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop