エリート御曹司の秘書兼、契約妻になりました
間もなく到着したエレベーターには他の社員がひとりも乗っていなかったのでホッとした。けれど、乗り込んだ後も相変わらず社長や紫倉さんは無言。
ドキドキうるさい自分の心臓の音だけが耳の奥に響いて、ますます居たたまれなくなった。
社長室や秘書課のある七階に着くと、紫倉さんが廊下で別れる時に言った。
「大和。観月さんはきみの秘書でもあるが、私の大事な部下でもあります。くれぐれも、彼女の怪我について厳しく追及するのはやめてあげてくださいね」
「そんなことはわかってる。だが航紀」
「はい?」
「彼女は秘書である前に、俺の妻となる女性だ。きみに心配されなくても、そんな仕打ちをするつもりはないよ」
社長は穏やかなトーンでそう言い残し、社長室のある方へ体の向きを変える。
つ、妻って……! 私、まだ返事をしていないのに!
動揺して反論の言葉がうまく出てこず、私は金魚のように口をパクパクさせる。
「……妻?」
少しの間を置いて、背後で当惑したような紫倉さんの声が聞こえた。