エリート御曹司の秘書兼、契約妻になりました

 その時の光景を想像し小さく微笑んでから、私は口を開く。

「両親に連絡して、東京に出てこられそうな日を聞いてみますね」
「いや、わざわざご足労いただくのは忍びない。俺がご両親に会いに行く」
「でも……実家は福島の山奥ですよ?」

 畑に田んぼ、緑豊かな山に澄んだ水が流れる川。見渡す限りの自然に囲まれているが、電車は一時間に一本あるかないか。

 その電車で四十分の場所にあるターミナル駅まで行かなければ、大きな商業施設やレストランはない。

 私は慣れているけれど、社長は確か東京生まれ東京育ちだったはず。根っからの都会人である彼にとっては異世界なんじゃないだろうか。

「問題ない。それに夫になる身として、きみが生まれ育った土地を見てみたいしな」

 私の不安を一蹴するように、社長は楽しそうに目を輝かせて言う。

「そんなにワクワクするような場所ではありませんが……社長がそうおっしゃるなら両親にもそう伝えます」
「ああ。よろしく」

 いよいよ彼との結婚が現実味を帯びてきて、鼓動の音が加速する。それをごまかすように一切れのモンブランを口に入れたけれど、胸がいっぱいでよく味がわからなかった。

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