エリート御曹司の秘書兼、契約妻になりました
心臓が、誰かにギュッと握りつぶされたように痛くなった。
大和さんと結婚して数日、彼のくれる穏やかな優しさに浸って、忘れていた……いや、考えないようにしていた。
大和さんには過去にひとりだけ恋人がいて、それ以来誰とも交際してこなかったこと。
彼の最も親しい友人の紫倉さんや実のお母様も認めるほど、ふたりは仲睦まじかったこと。
大和さんはどういうつもりで、彼女と会う場に私を連れていくの……?
ざわざわと不穏な音を立て始める胸を抱え、私は無言で目的地に着くのを待った。
十分ほどで到着した店は、時々接待でも使う、個室のある割烹料理の店だった。
紅蘭さんはすでに到着しているらしく、「お連れ様がお待ちです」と、和服の従業員が部屋まで案内してくれた。
薄暗い照明の中、畳敷きの床にテーブルと座椅子が置かれ、床の間には生け花の飾られた風情のある部屋。そこで待っていた紅蘭さんは、部屋の雰囲気とは真逆の色彩豊かな風貌をしていた。
少年のようなベリーショートの髪は、上から下に向かってブルーからパープルに変わるグラデーションカラー。
黒のTシャツにピンク色のジャケットを合わせ、破れたダメージジーンズで座椅子に胡坐をかいている。