エリート御曹司の秘書兼、契約妻になりました
「すみません、ぼうっとして」
照れ隠しのように笑って、筆記用具を片手に抱えて席を立つ。そのまま部屋を出ようとしたら、背後で紫倉さんが言う。
「大和となにかありました?」
いきなり図星を突かれ、足が止まった。
彼は、私と大和さんの結婚を知る数少ない人物で、紅蘭さんとも知り合い。話を聞いてみたいけれど、余計にショックを受けるかもしれないし……。
「いえ、なにも。戻りますね私。失礼します」
逡巡したのち、笑顔を作ってぺこりとお辞儀をする。そして再びドアの方へ体の向きを変えた瞬間だった。
「待ってください」
焦ったような紫倉さんの声とともに、腕をぐっと掴まれた。
驚いて振り向いた私の目に、一瞬だけ紫倉さんのもどかしそうな表情が映る。しかし、すぐにいつもの冷静な顔に戻った彼は、パッと私の腕を離して中指で眼鏡のブリッジを上げた。
「すみません、不躾に。ただ……あなたは言いたいことを飲み込んで他人を優先する癖があるので、なにかあるなら遠慮なく言っていただきたいと、それだけ言いたかったので」
「紫倉さん……。すみません、お気遣いいただいて」
私はいつもこの人に心配をかけている気がする。上司に気を遣わせてしまう自分が不甲斐ない。