エリート御曹司の秘書兼、契約妻になりました

「本当になにもないならいいのですが、悩んでいるのなら話を聞きますから。仕事のことはもちろん、大和に関するクレームも随時受付中です」
「ふふっ。クレームって」
「そうやって笑っている方がいいですよ。あなたの笑顔は素敵ですから」

 眼鏡の奥の瞳を優しく細め、紫倉さんがそう言ってくれる。

 お世辞だとは思うけれど、うれしい。お昼に紅蘭さんと会ってから沈みっぱなしだった心が、少しだけ浮上した。

「ありがとうございます。紫倉さんのおかげで元気が出ました」
「お力になれたならなによりです」

 そんな会話を最後に今度こそ会議室を出て、社長室に向かう。

 また上の空になって、大和さん本人に心配をかけるなんてことがないようにしないと。廊下を歩きながら自分に渇を入れた。


 その日、会社にいる間はなんとか平静を保っていられたけれど、家に帰って大和さんとふたりきりでいると、どうしても気持ちが塞いだ。

 極力いつも通りの態度を心がけ、ふたりで夕食を囲んでいる時も他愛のない話でニコニコと笑っていたつもりだ。しかし無理に笑顔を作るというのは想像以上に精神がすり減る。

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