シークレットベイビー② 弥勒と菜摘
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石動 櫂(いするぎ かい)は、弥勒のおいだ。

弥勒のお兄さんの石動不動(いするぎ ふどう)とみどりさんの長男で、一人っ子。

もともとお兄さんの不動は、学生の頃から親の決めた婚約者がいて、大学を出てすぐ結婚したのだが、長女を妊娠中から険悪になり、実家に里帰りして出産した奥さんは、二度と戻ってこなかったそうだ。

離婚して一年後にお見合い結婚した今の奥さんのみどりは、前の奥さんが神経質で依存的な性格だったのに比べて、一本気質の前向きな男勝りな自立した人だ。
明るく美人で活発で、すぐにできた櫂を妊娠中も、全然じっとしていなかったが、出産後は待ちかねていたように働き始めた。

もともと社長令嬢で、彼女の実家は特殊な繊維の特許を持っている裏地の会社だ。みどりしか子供がいないので、ゆくゆくは不動の会社に吸収する、そんな事で決まった結婚だったのに、2年前にみどりの父親が会長職に退く時、どうしても自分が社長になりたいと不動に直訴し、不動は仕方ないな、と了承したそうだ。

そんな凛とした生き方も一人の女性としては素敵だが、不動の弟の弥勒には、それがどうしても納得いかなかったらしい。

社長になるのを、横から批判した弥勒に、

『弥勒の言ってることは分かるけど、絶対やだ! 』

とみどりさんは言ったそうだ。

『ねーさんの言ってる事も一理あるけど、オレは無理! 』

と弥勒も言ったそうだ。
結婚したころ菜摘に、


「せっかく子供もいて、せっかく働かなくていいのに、なぜ、みどりが仕事にでるんだ? わざわざ人を雇って櫂をみさせて⋯⋯ もう、あと数年だけ、我慢してやればいいじゃないか」


と弥勒が珍しく憤慨していた。
櫂はその時7才。一人っ子で、小学校から帰っても、両親が2人とも遅いので、シッターが住み込みで雇われていた。


「せっかく授かった子なのに」


弥勒は最初に菜摘に、働くことについてオレは言うことはない⋯⋯ なーんて、理解を示していたけど、親が留守で1人でいる幼い子供を目の前にすると、どうしても、そう思ってしまうみたいだ。

みどりさんも自分で言っていた。

『私は貪欲なの。
全部叶っても、それでも、もっと自分の生き方が欲しい』

って。


「じゃあ、逆に男の人が仕事辞めますか? 」と聞いた菜摘に、


「子供が1人になるならぐらいなら、オレは辞めてもいい」


と言ってしばらく考えて、


「家賃収入だけか、たしかにそれはキツイな」


とか、また的外れたことを言った。


「普通は無収入になっちゃいますよ、生活出来ないですよ」

「⋯⋯ そうだね。軽々しく決めつけることじゃないみたいだ」


人それぞれの生き方や環境で、良いとか悪いとか決めることはできない。

でも、そんな弥勒だから、菜摘に満足してくれているんだ。お兄さんは、利発で活発で貪欲なみどりさんだから好きなんだ、お兄さんは私では満足出来ないだろう。

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