春は微かに
「おれ、先生が好きです」
彼が眉を下げてそう言った。まるで、私から返ってくる返事なんて最初から分かっているようだった。
「この間聞きました、先生の話」
私は知っている。彼がどんな気持ちで言葉を紡いでいるのか。だからこそ、次の言葉を聞くのが怖かった。
「先生、結婚するんですよね。今ここでちゃんとけじめをつけないと、おれはきっとこの先 先生じゃない誰かを好きになれないと思うんです」
胸がズキズキと痛むのは。
ドキドキと、変に緊張してしまうのは。
彼の言葉に聞き覚えがあるからだろうか。それとも、シトラスの香りがあの人を思い出させるからだろうか。多分、全部、なのだろう。
『ちゃんと忘れたいんです』
『んなこと言ったってお前……』
『優しさなんかいらない。ちゃんと、突き放してください』
思い返せばあの夏は、私の人生最大の青春だった。