春は微かに
「例えば授業で難しい問題に直面したとする。さて、お前ならどうする?」
先生の答え合わせは、いつも問いかけから始まる。
机の脇に置いていた缶コーヒーを開けて、口の中の飴をガリっと噛んで、ふう…と息を吐いて目を合わせる。そこでようやく、私は思ったことを口にするのだ。
「そりゃ、終わってから先生に聞きます」
「おい、その先生って絶対俺のことだろお前」
「それ以外に誰がいるんですか」
「まあ英語なら教えられるがな。そうじゃなくて、俺以外にさ、頼れるやついないのか」
「いません」
「即答かよ」
「先生しか信用できないんですよ私は」
「九条は、視野が狭すぎるんだよ」
くしゃくしゃと前髪を掻いて、コーヒーに口を付ける。コーヒーを飲む先生の姿は、「大人」という感じがする。私は、まだコーヒーの苦みに良さを感じられない子供だった。
「自分だけで世界を作るな。失敗したくないなら尚更だぞ」
「…それは、私が先生といるのは間違っているということですか」
「いや。別に間違ってはねえよ。けど、それが全てじゃないのはお前も分かってるだろ?」