アンチテーゼを振りかざせ
言葉を発さない私に、男は痺れを切らしたかのように、漸くガードレールから身体を離す。
「……紬。」
名前を呼ばれるだけで、馬鹿みたいに脈が速くなる。
自然に足を踏み出して距離を縮めた男は、三白眼で私を見下ろしてきた。
絡む先にある瞳の光を、
これ以上は知りたく無いのに。
「……そんな奴に、紬は渡さない。」
「は…、?」
車が定期的に走ってアクセル音を響かせる中で、男の声はそれでもすんなりと耳に入ってくる。
「俺を紬が選ぶ中に入れてって、あの時言っただろ。」
"自分が好きなものを一緒に飲める人"
"飲みたいと思える人"
____やめてよ。
このままここに居るのは危険だと、それだけは忙しなく鳴り続ける鼓動の中で実感した。
「…っ、」
でも、男と向き合っていた身体を逃げるように翻そうとするとあっさり右腕を拘束されて、阻まれてしまう。
「紬。」
そんな声で、呼んだりしないで。
「……離して。」
きっと、加減をして掴まれている筈の腕がやけに痛い。
この男は、簡単に私に触れる。
好き勝手な言葉と行動をお構いなしにぶつけてくるこの男は、そこに特別な感情を持ってない。
そう、分かっている筈なのに。
「…適当な言葉で、触れたりしてこないで。」
「…適当……?何が。」
「___好きでも、なんでもないくせに。」
「……は?」
自分で言い放った言葉に、視界が滲んでしまう私はなんて滑稽なんだろう。
その気配を絶対に悟られたく無いと、視線を向けないままに小さな声で言うと、少しだけ腕を掴まれていた力が弱まった。