アンチテーゼを振りかざせ
なんだそれ、と掠れた声で小さく呟いた男は、
「…俺が、紬のことなんとも思ってないと思ってんの?」
と、少し苛立ちを孕んで尋ねてくる。
瞼の裏も喉も、熱ばかり帯びて上手く機能しない、
押し黙ったままのそんな私に、再び声が落ちた。
「___紬が好きだから、触れるに決まってんだろ。」
そして伝えられた言葉に、もっともっと視界が揺れて滲んだ。
「……だから。そういうの、やめてよ、」
吐き出した言葉まで揺れて震えて、頼りなく消えていく。
抵抗にしては弱々しくて、もう今にも目から溢れそうな涙を堪えるのに必死だ。
「……なんで、信じてくんないの?」
どことなく切なく寂しそうな声に聞こえるのは気のせいだと、言い聞かせる。
_____だって、どうやって信じられるの?
「私は、誰でも簡単に抱きしめられる奴のことなんか、好きになったりしない。」
瞳に涙を溜めたまま、キ、と睨みつけて男にそう告げると、目の前の三白眼は大きく見開かれた。
……嗚呼、ほら、やっぱり。
そう思った瞬間に、掴まれた腕を力一杯に振り解く。
いよいよ頬を伝ったそれを見せないよう、男からフイ、と視線を逸らしてそのまま走り出した。
“_____梓雪。“
彼女と、この男が抱き合う光景。
あんな場面を見て、
大人だからって割り切れるほど強くは無い。
These04.
《"好きだから、触れるに決まってんだろ。"》
▶︎"好きな人"だからこそ
そんな簡単に触れたりできないと思います。
「……"好きな人"って、」
男がまた、当然のように伝えてきた言葉。
走りながらそれを振り切るように
振りかざした否定の中に紛れた本音に気づく。
思わず呟いて、立ち止まったらもっと涙が出た。
コンビニには、行けなかった。
男がいつシフトに入ってるかどうかなんて
知らないし出会いたく無かった。
だって、もし今度出会ったら。
___私はこの「好き」を
もう、認めてしまう気がしたから。
「ばか、みたい…、」
私は、あの男に、"簡単に触れられない。"
こんな痛み、今まで知らない。
fin.