アンチテーゼを振りかざせ



なんだそれ、と掠れた声で小さく呟いた男は、


「…俺が、紬のことなんとも思ってないと思ってんの?」
と、少し苛立ちを孕んで尋ねてくる。



瞼の裏も喉も、熱ばかり帯びて上手く機能しない、
押し黙ったままのそんな私に、再び声が落ちた。




「___紬が好きだから、触れるに決まってんだろ。」


そして伝えられた言葉に、もっともっと視界が揺れて滲んだ。


「……だから。そういうの、やめてよ、」


吐き出した言葉まで揺れて震えて、頼りなく消えていく。

抵抗にしては弱々しくて、もう今にも目から溢れそうな涙を堪えるのに必死だ。




「……なんで、信じてくんないの?」

どことなく切なく寂しそうな声に聞こえるのは気のせいだと、言い聞かせる。



_____だって、どうやって信じられるの?



「私は、誰でも簡単に抱きしめられる奴のことなんか、好きになったりしない。」


瞳に涙を溜めたまま、キ、と睨みつけて男にそう告げると、目の前の三白眼は大きく見開かれた。




……嗚呼、ほら、やっぱり。


そう思った瞬間に、掴まれた腕を力一杯に振り解く。

いよいよ頬を伝ったそれを見せないよう、男からフイ、と視線を逸らしてそのまま走り出した。


“_____梓雪。“

彼女と、この男が抱き合う光景。

あんな場面を見て、
大人だからって割り切れるほど強くは無い。







These04.

《"好きだから、触れるに決まってんだろ。"》

▶︎"好きな人"だからこそ
 そんな簡単に触れたりできないと思います。



「……"好きな人"って、」 

男がまた、当然のように伝えてきた言葉。

走りながらそれを振り切るように
振りかざした否定の中に紛れた本音に気づく。

思わず呟いて、立ち止まったらもっと涙が出た。


コンビニには、行けなかった。

男がいつシフトに入ってるかどうかなんて
知らないし出会いたく無かった。

だって、もし今度出会ったら。





___私はこの「好き」を
もう、認めてしまう気がしたから。

「ばか、みたい…、」

私は、あの男に、"簡単に触れられない。"
こんな痛み、今まで知らない。

fin.





< 102 / 203 >

この作品をシェア

pagetop