アンチテーゼを振りかざせ
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1時間半の残業を終え、電車に揺られ終えて最寄駅まで帰ってきた。
今日も全くなんの変化も無い駅から帰路へと向かいつつ、視線は集中もしないままスマホに向ける。
友人たちのインスタのストーリーが流れていくのを暫く見ていると、上からメッセージの通知が降ってきた。
【南雲 智加】
その名前を見ると、足が止まりそうになる。
メッセージの内容は、やはり簡潔で、ストレート。
《またご飯行きたいなと思ってるから、
忙しく無い時に、連絡くれたら嬉しい。》
質問で、こちらに答えを急かす訳でも無い。
文章からでも、彼の優しさは伝わる。
"_____清楚つくりこむの、やめたの?"
それなのに、返信をしようとする自分の手が、どうしても止まってしまう。
心を支配してくる、そういう存在がもうとっくに居る。
「……だめ、だ、」
仕事をしている時は、
もはや現実逃避のように没頭できるからまだ良い。
だけど。
こうして新しい恋へ向かおうとすればする程に、あのふざけた男を思い出す馬鹿過ぎる私は、婚活に誘ってきた杏にもはや合わせる顔が無い。
あっさり目に溜まる涙を拭っていると、
「___あれ?たしか…紬さん?」
直ぐ近くで聞こえた呼びかけに従って顔を上げると、目の前には少し驚いた表情があった。
"_____梓雪。"
あの時の切ない声色とは違うハキハキした声で、ふわりと纏まったショートカットがより一層小顔を引き立たせる。
あの男に、"八恵"と呼ばれていた女性は、何も言葉を発さない私に「こんばんは。」と笑顔で挨拶をした。