アンチテーゼを振りかざせ
"___梓雪…!!!"
「大会の前々日のタイムトライアルの最中、突然左足を押さえてしゃがみ込んで動かなくなった梓雪を見て、血の気が引いた。」
朝地さんは、そう伝えた直後に頬を伝った涙を前を見たままに拭う。
「……1人で抱えている焦燥感に、
どうして私は気付いてあげられなかったんだろう。」
胸に、ザクザクと刺される痛みが走り続けている。
視界が滲んでいるのはもう全く、気のせいでは無い。
「負荷をかけ続けた脚の悲鳴は、当然だった。
きっと走った後の柔軟だとか、そういうダウンメニューも疎かにしてたんだと思う。
そのくらいに、追い込まれてた。
手術も必要な脚の故障は、選手生命をも脅かすくらい相当大きいもので。
……多分ね、今もきっと全速力で走ったりするのはまだ痛むはずなのよ。」
「……、」
"疲れた。ちょっと話そーよ。"
"なんか久々に走って、疲労感凄いわ。"
____"あの日"。
涼と向き合えないでいた私を、追いかけてきた後。
あの男は最寄り駅に辿り着いた途端、軽くそう告げて。
怪我してたなんてそんなこと、一言も言わなかった。
「…梓雪は結局、戻ってこなかった。
社会人2年目を迎える前に、退職願を出して陸上部だけじゃなくて会社そのものを辞めちゃった。」
ずずず、と、なかなかに男らしく鼻を啜った彼女は、隣で黙りこくってばかりの私を覗き込んで。
____同じように、ぼろぼろに泣いてる私に、
「ひどい顔。」とお互い様なのに声を出して笑った。