アンチテーゼを振りかざせ
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彼女と別れて、いつもの帰路を辿っていると自ずと目に入るコンビニ。
すっかり夜遅くになったこの時間では、お店の中の客足もまばらで。
容赦無く光りを放つその建物の中に、あの男の姿は無い。
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「……この間、梓雪がコンビニのバイトしてた時に懲りずに会いに行って、言われた。」
“八恵さん。俺は新しい道を見つけました。
あの会社には戻らない。
__でも、もう大丈夫。"
「陸上から離れた梓雪のこと、弱いって言う奴も居るのかもしれない。
…でも、新しい生活の中には、新しい出会いがちゃんとあって。それを見逃さずに自分の進む方向をまた決めたあいつのこと、私は凄いなって、思うの。
____進み続けるのと同じくらいに、自分を奮い立たせてもう一回立ち上がるのだって、凄く大変に決まってる。」
涙を雑に手で必死に拭いながら、気持ちは伝わって欲しいと何度も首を縦に振る。
そんな私に朝地さんは笑って、まるで子供にするみたいにクシャクシャと私の髪を乱してきた。
「……やめてください。」
「あーごめんね?私、愛しいって思うとスキンシップしちゃうタイプ。」
どんなタイプなのだそれは。自重して欲しい。
「だから、大丈夫ってあいつが笑ってくれた時も、思わずハグしちゃったわよ。梓雪は、"熱血の先輩、まじで暑苦しい"ってちょっと嫌がってたけど。」
「……え?」
先程まで泣いていたはずの彼女は、再び頬杖をついて今度はちょっと揶揄うような笑みでこちらを観察している。
「私のこと彼女だなんて、ぶっ飛んだ勘違いする瞬間あれしか無いでしょ。」
"あの日"、朝地さんとあの男が抱き合っていたその背景を知って、多大な気まずさを抱えた私は、思わず押し黙る。
「今日もこの駅に来たのは、あいつが部室に置きっぱなしだったものとか色々持ってきただけ。
ごめんなさいね。
そういう感情が無いにしても、ハグは流石に軽率だったね。
好きな人のそんな場面見ちゃったら、そりゃあ気になるよね?」
答えはもう分かりきっているとでも言いたげな満面の笑顔での問いかけに、目がどんどん険しく細まるのが分かった。
______だけど、もう、否定はできない。
観念して、はあ、ととりあえず溜息を漏らしたら
「紬さん可愛いなー、愛でたくなるわ。」
と、からかい口調満載で言われたので、もう失礼は承知で思い切り睨みつけた。
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